HISTORY 関西ペイント100年の歩み

1918年の創立から、2018年現在までの関西ペイントの軌跡を紹介します。

創業期 1918 - 1948 「声なくして人を呼ぶ」

創業者・岩井勝次郎が大切にしていたのは「声なくして人を呼ぶ」の精神。
いつも誠実を基本とし、目先の小利を追わず、
まず顧客との信頼関係を築くための大局的な判断を下す。
百年企業となった関西ペイントのすべては、この想いからはじまりました。

1918 資本金50万円を持って尼崎市神崎で
岩井勝次郎が創業

創業の地は兵庫県と大阪府との境界に流れる神崎川畔。
阪神工業地帯の中間地帯に位置し、塗料の大消費地と輸出港に恵まれ、植物油・天然樹脂などの原料輸入港にも近いというメリットがありました。

1920 日本初のスパーワニス「ジャパナイト」発売。塗料の国産化のきっかけに

1926 日本初の国産ラッカー「セルバ」発売

これまでになかった速乾性、すぐれた光沢や耐久性を備えたラッカーを日本ではじめて開発、販売。当時のキャッチフレーズは「待つ間に仕上がるセルバ塗り」。多くのお客様に喜ばれるとともに、関西ペイントの業績も大きく飛躍する年となりました。

1927 「セルバ塗装研究所」開設

大阪市此花区に開設した「セルバ塗装研究所」では主に技術者に向けてスプレー塗装の技術指導を実施。また、塗装技能のコンクールや実演会なども積極的に開催し、当時の日本で馴染みが薄かったスプレー塗装の普及に大きく貢献しました。

防錆塗料「サビナイト」発売

セルバの拡販に大きな努力を注ぐかたわら、合成樹脂塗料をはじめ油性塗料や特殊塗料など各分野でも相次いで新製品を開発。1927年に発売した「サビナイト」は特殊配合(1928年5月特許登録No.76819)の油性錆止塗料として有力商品のひとつとなりました。

1930 油溶性フェノール樹脂の国産化に成功

1931 フタル酸樹脂塗料「フタリット」発売をはじめ、新製品を相次いで発売。経営基盤を確立する

1933 東京支店、東京工場開設

1934 関西ペイント青年訓練所開設

軍国化を加速させる国からの要請を受け、本社工場内に私立青年訓練所を開設。義務教育修了者を対象として軍事教練と職業教育を行いました。青年学校令の制定に従い翌年4月に青年訓練所を廃止した後は、私立関西ペイント青年学校を開設。社内の技術社員や在郷軍人が教育にあたりました。尼崎市内でも有数の優秀校と評判を集めましたが、敗戦とともに昭和20年廃校となっています。

1941 社歌制定

1945 B29の空爆で本社事務所他、各工場が被災

米軍の空襲により、関西ペイントの事業所、各工場が次々と被災。6月15日の空襲では本社工場のカセイン工場・容器倉庫・レーキ工場・整理工場などが炎上するものの、従業員たちの懸命の消火活動でペイント・エナメル・セルバなど主力工場は焼失から守ることができました。

  • 初の欧米視察
    (1927年)
  • 職人さんに配った法被(はっぴ)
    (1923年)
  • 鉛丹(えんたん)の色付け作業
  • 製品を荷馬車で出荷
  • 尼崎工場の風景
    (1935年頃)
  • 塗料の研究
    (1937年頃)
  • 尼崎エナメル工場の集合写真
    (1937年)
  • 尼崎工場の社員食堂
    (1939年)
  • 尼崎工場の製造風景
    (1939年)
  • 尼崎工場のラジオ体操の風景
  • 東京工場の記念撮影
    (1940年)
  • 尼崎工場の正門(1940年)
  • 東京工場の風景
    (1947年)

戦後・成長期 1949 - 1986 「塗料の標準品」から、
「最大の生産、最高の技術」へ

会社がどうなるか、ではなく、会社をどうするか。
関西ペイント独特のバイタリティとチームワークで終戦直後の困難を乗り越えて大きく躍進したこの時期。
神崎川のほとりに誕生したささやかな塗料メーカーが1986年までの約60年間で、
資本金87億円余、従業員2,800名余、年間売上1300億円余へと成長していきました。

1949 東京・大阪の2証券取引所に上場

1950 本社事務所竣工

大阪市内西区江戸堀にあった本社事務所が戦災で焼け、尼崎の本社工場内に移転してから5年。久しく待望していた大阪の商業中心地への進出を実現。規模こそ大きくはありませんが、戦後初の鉄筋コンクリート造による本建築でした。

新製品「ネオセルバ」「アミラック」「ダイヤラック」「ビニレン」を発売

1950年4月、戦後はじめての新製品発表会を行い、「ネオセルバ」「アミラック」「ダイヤラック」「ビニレン」の4製品を全国各地で紹介しました。新技術の開発は生産施設の再建や拡充とともに、戦後復興のための大きな課題。各界の関係者から大きな関心をもって迎えられました。

1952 ビニル船底塗料「ビニリア」を発売

この年の前年に塩化ビニル・酢酸ビニル共重合樹脂系の船底防錆塗料「ビニラ」を開発。実証実験の結果、その性能が高く評価され、新造船への採用が本格化しました。1952年には商品名を「ビニリア」に改称すると同時に、技術開発の推進と並行して海上需要に対する営業活動も強化。関西ペイントの船底塗料市場への進出は大きく進展しました。

1953 関西ペイントで
最初の大型ネオン看板を設置

関西ペイントで最初の大型ネオン看板が、本社事務所に近い淀屋橋の南東畔に完成。大阪の商業の中心にあって交通量が多く、また市民の憩いの場である中之島公園をひかえた絶好の立地。夜景をいろどり、多くのひとの眼と関心を引きつけました。

1955 多彩模様仕上げ材「ゾラコート」を発売

関西ペイントの技術導入第1号は多彩模様仕上げ材「ゾラコート」でした。販売開始と同時に普及宣伝のため、報道機関をはじめ特約店・販売店・塗装業者・一般需要家などを対象とした説明会を全国各地で約40回にわたって開催。年を重ねるごとにその魅力は伝わり、ビル建築においてゾラコート塗装は一種の流行にさえなりました。

1956 東京工場にてシンナー火災事故発生、従業員6名が殉職

11月15日朝、シンナー作業場での火災により従業員6名が殉職するという不幸な事故が発生しました。関西ペイントでは合同社葬で6名の冥福を祈るとともに、各工場に工場長直属の安全衛生課の設置。これまで以上に安全衛生を徹底する契機となりました。

1958 エマルション塗料「ビニデラックス」を発売

高級エマルション塗料「ビニデラックス」をはじめ、長油性アルキド樹脂塗料「SD調合ペイント」(1955年)、ポリウレタン樹脂塗料「レタン」(1959年)など、この頃には多数の合成樹脂塗料が生まれました。

1956 社内報「おうぎ」創刊

1959年に社内報「おうぎ」創刊号が発刊。会社の現況や考え方について従業員の理解を深め、各地で勤務する従業員同志の共通の広場とし、社内PRと人間関係の向上をはかることが主な目的でした。

1960 平塚工場竣工

生産体制を強化するため、神奈川県平塚市八幡に用地約9万3,000平方メートルを購入し、1960年11月稼働を開始。

1961 名古屋工場竣工

中京地区における自動車工業をはじめとする塗料需要の増大に対処するため、名古屋工場を建設。

1962 熱硬化性アクリル樹脂塗料「マジクロン」、アクリルラッカー「アクリック」発売

当時の主流だったアミノアルキド系工業用焼付塗料に比べて優れた耐候性などを持つ高級焼付塗料「マジクロン」、従来ニトロセルロースラッカーに限られていたラッカーに新風を呼んだ「アクリック」を新発売しました。

1965 ユナイテッドペイント社(現カンサイペイントシンガポール)を合弁設立。国際化の進展と東南アジア地域への展開を本格化

1967 創立50周年。社是を制定

1968 タイハット社とタイ関西ペイント社を合弁設立

1971 鹿沼工場竣工。自動車塗料での発展と地位確立

尼崎・東京・平塚・名古屋につぐ第5の工場として鹿沼工場が竣工。近代化設備を完備し、信頼性の高い製品の効率的な生産・供給体制を確立しました。また、第1回栃木県工場緑化コンクールで優秀賞を受賞するなど環境への配慮もいち早く行っています。

1983 自補修塗料「レタンPG80」速乾型の発売

速乾型の自動車補修塗料「レタンPG80」を発売し、全国的に発表会を開催。その優れた品質と積極的な販売でシェアを大きく伸ばしました。

1985 マーキングフィルム「ファンタック」事業化

新事業を開拓するため、マーキングフィルム「ファンタック」を事業化。1987年に東京総合センター、1990年に大阪総合センターを設け、販売網を整備して拡販に努めました。

台湾関西ペイント設立 製造販売開始

1986 グッドラスネロラックペイント社(インド)に出資

  • 竣工後の門戸社宅
    (1957年)
  • 当時の営業車
    (1957年)
  • 尼崎工場の風景
    (1957年)
  • 家庭塗料の宣伝カー
    (1960年)
  • 中央研究所
    (1965年)
  • QC月間ポスター
  • 自動車電着塗装の風景(1968年)
  • 大鳴門橋に塗料が採用
    (1985年)
  • ファンタックセンター設立・販売開始

海外進出期 1987 - 2010 国境を越えて信頼される
塗料メーカーへ

国内自動車メーカーの海外進出に伴い、関西ペイントもグローバル化を本格的に開始。
海外での生産能力拡充とともに、世界的な価格競争力や技術開発力の向上、テクニカル・サポート体制の整備などに取り組みました。

1987 新コーポレートブランド「ALESCO」を公表

KANSAI PAINT(AMERICA), INC. 設立

1988 創立70周年。
「ALESCO '88 IN KOBE」を開催

創立70周年記念大会「ALESCO ’88 in KOBE」を神戸ワールドホールで開催。前年に採用された新コーポレートブランドの「ALESCO」のデザインが発表されました。

建設化学(韓国)、DuPontとの合弁KDKオートモーティブコーティング社を設立

カンペ研修センター教材「やさしい塗料読本」が中央職業能力開発協会会長賞を受賞

1990 デュポン・カンサイ
オートモーティブコーティングス社をアメリカに合弁設立

カンサイペイント(ヨーロッパ)社を設立

1992 天津関西塗料化工有限公司を中国・天津に合弁設立

国際化が一層深まり、海外事業がさらに進展。
特にアジアを中心に海外合弁事業の拡大と各社の経営努力による自立化が進み、経営基盤の強化に成果を上げました。

小野工場竣工

1994 瀋陽関西塗料有限公司を中国・瀋陽に合弁設立

天津燈塔関西塗料化工有限公司を中国・天津に合弁設立

1995 重慶関西塗料有限公司を中国・重慶に合弁設立

湖南関西汽車塗料有限公司を中国・長沙に合弁設立 (現行、湖南湘江関西塗料有限公司)

サイムカンサイペインツ社をマレーシア・ケランに合弁設立

中遠関西塗料化工(上海)有限公司 設立

Kansai Resin (Thailand) Co., Ltd. を設立

1999 グッドラスネロラックペイント社(インド)を子会社化 (現行、Kansai Nerolac Paints Ltd.)

グッドラスネロラックペイント社の株式を追加取得し、関西ペイントの子会社に。
アジア地区の旺盛な需要動向に備えるため、グローバルなネットワークの強化を加速させはじめました。

2000 国産初の自動車補修用水性ベースコートを開発

P.T. KANSAI PAINT INDONESIAをインドネシアに合弁設立

2001 ニチユ関西マリンコーティングス株式会社(NKM)を合弁設立

2002 関西ペイントフィリピンの合弁会社設立

サイムカンサイペインツ社(マレーシア)を子会社化

2004 PPGカンサイオートモーティブフィニッシーズ社をアメリカ、カナダ、メキシコ、イギリスに合弁設立

2005 天津永富関西塗料化工有限公司を連結子会社化

2006 中遠関西塗料化工(珠海)有限公司 設立

蘇州関西塗料有限公司 設立

マレーシアの塗料会社:Sime Coatings Sdn Bhdを関西ペイントグループが買収し、Kansai Coatings Malaysia Sdn.Bhd.に社名変更

2007 NKM、NTS、広州関西塗料、カンサイペイントフィリピンを連結子会社化

トルコにおいてANEO社を連結子会社化

KANSAI ALTAN BOYA SANAYI VE TICARET A. S.の経営権取得

2008 新本社事務所を竣工・移転

今橋通りに面し、大阪のビジネス街の中心に位置する地上10階、地下2階建ての新本社事務所となる自社ビルを建設しました。

2010 Kansai Paint Middle East FZCOを設立

関西塗料(瀋陽)有限公司を連結子会社化

関西塗料(中国)投資有限公司 設立

グローバル化加速期 2011 - 2017 自動車、建築、工業。
3つの柱でグローバルカンパニーに成長

経済成長著しい新興国を中心に塗料の需要が拡大している海外市場。
関西ペイントはグローバル化を更に加速するとともに、国内事業の収益性向上および経営基盤を一層強化。
自動車、建築、工業という3つの柱でグローバルカンパニーに成長していきます。

2011 重慶アレスコ関西塗料有限公司 設立

フリーワールドコーティングス社(南アフリカ)の株式を取得、連結子会社化 (現行、Kansai Plascon Africa Ltd.)

成長が見込まれるアフリカでの事業基盤を確保し、新興国市場の開拓を加速させるため南アフリカの塗料大手フリーワールドコーティングス社を子会社化。建築向け塗料に強みを持つ同社を傘下に置くことで、建築分野の競争力強化を図っています。

カンサイアルファナムペイント(ベトナム)を設立、連結子会社化

2012 P.T.カンサイプラカルサコーティングス社(インドネシア)の株式取得、連結子会社化

中遠関西塗料(上海)有限公司 金山 設立

カンサイペイントネパール社を連結子会社化 (現行、KNP JAPAN PVT.LTD.)

マンチェスター・ユナイテッドと
グローバルパートナーシップ契約締結

世界中に6億6千万人ものファンを持ち、名実共にスポーツ界の頂点に君臨するサッカークラブであるマンチェスター・ユナイテッドと塗料メーカーとしては世界ではじめて公式グローバルパートナー契約を締結。お客様を魅了し、お客様の暮らしに豊かに彩りを与える、という共通の理念のもと、共に真のグローバルリーダーを目指します。

2013 DNTカンサイメキシカーナ社を合弁設立

ジンバブエのアストラインダストリーズ社を子会社化

2014 肇慶関西聖聯粉末塗料科技有限公司設立

マレーシアのカンサイピーエルシー社を連結子会社化

ロシアに設立した新会社「KANSAI PAINT RUS LLC」がMOSBUILD 2014(モスクワ・エキスポセンター)に出展

2015 統括会社の役割を明確にすべく、Kansai Coatings Malaysia Sdn. Bhd.の社名をKansai Paint Asia Pacific Sdn.Bhd.に変更

ジャパンパウダー塗料製造(株)を設立

関西ペイントミャンマーをヤンゴン市で合弁設立

関西ペイントランカをスリランカで合弁設立

IPPF(国際家族計画連盟)と包括的なパートナーシップ契約を締結

2016 USペイント(アメリカ)を連結子会社化

イタリア ミロデユール社よりパイプライン内面塗装技術を取得

サンコラ社(マレーシア)の株式取得

ポリサン社(トルコ共和国)の株式取得 (現行: Polisan Kansai Boya Sanayi ve Ticaret A.S.)

欧州塗料メーカーHelios Groupを連結子会社化し、自動車用塗料・建築塗料に加え工業用塗料の3本柱に

2017 東アフリカ地域の建築塗料メーカー
サドリン社の株式取得 (現行: Kansai Paint East Africa Ltd.)

ザンビアにおける感染症対策塗料普及事業がJICA民間技術普及促進事業として採択

ザンビア共和国における感染症対策塗料(防蚊塗料、抗ウイルス塗料)の普及促進事業が、独立行政法人国際協力機構(JICA)が進める「開発途上国の社会・経済開発のための民間技術普及促進事業」として採択。蚊を媒介とするマラリアの感染拡大防止効果に大きな期待が寄せられています。

関西ペイント×マンチェスター・ユナイテッドサッカースクールを開催!

マンチェスター・ユナイテッドより公式コーチ2名を招き、約190名の小学生・コーチにサッカースクールを開催。付き添いの方にもカンペハピオのNUROを使っての塗装体験・栄養講座も開催し、春休みの素敵な思い出づくりをお手伝いしました。

漆喰塗料「アレスシックイモンティアート」と越前和紙とのコラボで漆喰和紙壁紙を開発

2018 香港関西ペイントを設立

FUTURE そして、次の100年へ

関西ペイントグループは、人と社会に笑顔をお届けしたいと願っています。
なぜなら、それはいつまでも変わらない「幸せのカタチ」だからです。
その実現のために、私たちの得意分野である化学のチカラで、「彩る」「まもる」ということに加え、
未来環境をデザインし、人と社会を笑顔にする企業として歩み続けます。